長谷寺便り

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外舞台の擬宝珠には「慶安三天」の文字があります。

西暦1650年、今から365年前ですね。

長谷寺の本堂が建てられた年で、徳川家光の庇護のもと建てられたと聞いています。



こちらは、外舞台を支えている柱です。10メートルほどあるそうです。

そのうち一本はだいぶ痛みが激しいので、交換が必要ですが...



そしてすっかり床板もなくなってしまいました。

外舞台の欄干が外されました。



職人さんによる手慣れた作業を見ていると、とても簡単なように感じます。



しかし、随所に職人さんの職人技が見て取れます。

例えば、この「ほぞ」と「ほぞ穴」



「ほぞ穴」が変わった形をしてますが、右側はまっすぐ穴が空いていますが、左側は入り口は狭く、奥に行くほど広くなっています。



これは、右側の穴に「ほぞ」を入れ、左側にスライドさせるのだそうです。

すると、上下の力に強くなるわけです。

こういう、「仕掛け」を知っていないと解体する時、部材を傷つけてしまいますね。

いよいよ、解体が始まりました。

一つ一つの部材に印をつけて、使えるものと使えないものとを選別します。



一見木材だけのように見えますが、安全を考慮して金属で補強している様子がわかります。



外舞台に使用されていた、青銅製の留め具は創建当時のものです。解体修理した後も使い続けているものです。



さすがに鉄製のボルト類は錆で使えそうになですね

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